
NEW YORK 2003
2025年4月3日(木)
制作管理部 T.S.
制作管理部のT.Sです。
私、大の巨人ファンでありまして、松井信者でもありました。
球場に行くときはいつも背番号55のグッズを身に着けていたものです。
2002年、松井秀喜がMLBに挑戦することが発表されました。
松井信者であった私はとてもショックを受けた訳ですが、最終戦ではライトスタンドで号泣していた姿をなんとテレビ中継に抜かれてしました。
中継を見ていた巨人ファン仲間から「映ってたぞ」とメールが届き、ちょっと恥ずかしい思いをしました。
翌年の2003年
ニューヨークヤンキースに移籍した松井は、メジャー第一号が満塁HRなど大活躍。
そんな松井をどうしても現地で見たくなった私はニューヨーク行きを決断。
GWを利用してヤンキース対マリナーズの3連戦を観戦することにしました。
出発の数日前、あの長嶋茂雄さんが我々と同じ日にニューヨークへ向かうというニュースが飛び込んできました。
日本航空か?全日空か?そこまではわかりません。
しかし、それを聞いた私は、所持していた背番号3のTシャツをバッグに忍ばせて成田空港に向かったのです。
チェックインの際、同行のM氏が旅行会社の職権を利用してグランドスタッフに質問。
「長嶋茂雄さんは同じフライトですか?」
端末をたたく女性スタッフ
「あ、そうです」の答え。
確定しました。
搭乗口の直前で長嶋茂雄さんを待ち伏せします。
もうほとんどの乗客が機内に入ってしまい、我々も早くと急かされます。
ギリギリまで粘ったその時、遠くから物々しい一団が現れました。
上着を脱いでペンを片手に駆け寄る私。
長嶋茂雄さん「な~に~ 着てきたの~?」
快くサインに応じて頂きました。
離陸直前の機内でご満悦の私でございます。
搭乗口が締め切られる直前だったため、ほとんどの乗客は長嶋茂雄さんに気づかないままでした。
さて、ここから本題のニューヨーク滞在記です。
ヤンキースタジアムの前で。
こちらの球場もうありません。2008年まで使用されました。
外野席でした。レフトを守っているのは松井秀喜です。
次の日は内野席。バッターボックスにたつ松井秀喜。
バッターボックスにイチロー。
このような観戦スタイルでございました。
スタジアム見学ツアーにも参加しました。
実際にグランドにおりました。
さて野球以外の写真もいくつかご紹介しておきます。
エンパイアステートビルからの景色。お天気イマイチでした。
グラウンド・ゼロ。黙祷。
自由の女神。海上から観光できる船に乗りました。
(ニューヨークへ行きたいかぁー?)←わかる人にはわかる
ブロードウェイミュージカルも観ました。
マンマ・ミーア!
簡単ですが、旅のレポートは以上です。
思い返してみると、あの時ニューヨークで松井秀喜を見届けることができて本当に良かったと思います。
「推しは推せるときに推せ」というところでしょうか。
ということで
ライブスペース「レフカダ」「ミコノス」ではいろいろなイベントを開催中です。
是非、推しを見つけて下さい。
『レフカダ』
https://lefkada.jp/
『ミコノス』
https://myko.jp/