いたばし歴史散歩
2025年12月25日(木)
制作管理部 T.S.
板橋区在住です。板橋区LOVEです。
またもや板橋ネタです。すみません。
今回は板橋区の名所旧跡を巡る歴史散歩です。
① 板橋(橋)
板橋区の地名の由来とされている橋です。
この橋は江戸時代の五街道の一つである中山道で最初の宿場である板橋宿の中にあります。
旧中山道が石神井川を渡る地点にかけられた橋で、板橋宿でも仲宿と上宿との間にあります。今はコンクリート造りですがかつての木橋に見えるようにつくられています。
橋の脇には日本橋からの距離が記されていて2里25町33間と記されています。
石神井川の両岸には桜の木がたくさんあり、春は桜がとてもキレイだそうです。(訪問は11月)
② 志村一里塚
一里塚は、慶長9年(1604)、徳川家康が全国の街道整備のために築かせたもので、街道沿いの1里(約4km)毎に配置されていました。しかし、永年の風雨などによる劣化や、鉄道の発達などにより、近代以降は姿を消していきました。
志村一里塚は中山道の第3番目の一里塚として築かれたもので、明治以降多くの一里塚が消滅するなか、今日、2基一対で残っている一里塚は全国的にも大変少ないものです。現在は国の史跡に指定されています。
③縁切榎 (えんきりえのき)
江戸時代、旗本・近藤登之助の抱屋敷にあった榎が、後に「縁切り」に結びつき、幅広い信仰を集めたもので、男女の悪縁を切ることや、断酒などが祈願されました。
近代では「悪縁を切り、良縁を結ぶ」ものとして信仰の対象となっており、現在も多くの人が祈願に訪れています。
敷地内に設置されている自動販売機で絵馬を販売しています(根付とセットで1,000円)
とても狭い敷地ですが、訪問者が後を絶たず、撮影に苦慮しました。
④ 清水坂
旧中山道で最初の難所。志村の台地から荒川流域の低地に下る急坂で、途中大きく曲がっており街道で唯一富士山を一望できる名所であったと言われています。
坂を下った右手にはかつて大善寺という寺院がありました。鷹狩りの折りにここで休憩した徳川八代将軍吉宗が、崖からの湧き水の見事さに寺の本尊の薬師如来を清水薬師と命名し、やがて坂も「清水坂」と呼ばれるようになったと伝えられています。
かつては屋敷や茶屋などもあり戸田の渡しが増水で利用できない時 この界隈を休憩にしていたとのことです。
現代では行き交う人も少ない、閑散とした「普通の坂」です。
⑤ 東京大仏(乗蓮寺)
板橋赤塚にある東京大仏 乗蓮寺は、600年の歴史をもち、徳川将軍「お鷹狩り」のお休み処となっていたお寺です。
境内にある東京大仏は阿弥陀如来像です。
東京大空襲、関東大震災などの悲惨な戦災・震災が起きないように願いを込めて、昭和52年に建立されました。高さ13メートルの青銅製で重さが32トンあります。
訪問時はざっと50人位の観光客が来ていましたが、そのほとんどがベトナムだかタイあたりのアジアン外国人さんでした。
以上、いたばし歴史散歩でした。
皆さんのお住いの地域にはどんな歴史がありますか?
一度巡ってみるのも良いかもしれませんね。
歴史散歩も良いですが、今は「推し活」や「怪談」がトレンドですね。
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